東京高等裁判所 昭和49年(う)3129号 判決
被告人 中島修 外一名
〔抄 録〕
そこで記録を精査して検討すると、関係各証拠ことに原審第七回公判調書中の証人飯塚晃の供述部分、同第八回公判調書中の証人中平由美の供述部分、同第八回及び第九回各公判調書中の証人小池愃の供述部分並びに証人神山新吾の原審公判廷における供述(被告人阿部の関係では、公判調書中の供述記載)を総合すれば、つぎの事実が認められる。すなわち、昭和四八年一月三〇日午後五時ころに、法政大学構内においていわゆる内ゲバ事件が発生したが、そのころ同大学の方向から走って来た黒ヘルメットをかぶり、覆面をした二、三十人の集団が、付近の路上に停車していた自動車に、一せいに所持していた棒切れやヘルメット等を入れているのを、その場に居合わせた神山新吾が目撃して、右自動車のナンバー等を警察に通報したこと、右通報を受けた麹町警察署(以下麹町署という。)では、右自動車を管内一円に緊急手配をしたところ、翌三一日午前一時四〇分ころ、府中警察署(以下府中署という。)のパトカーが府中市本町一丁目九番地付近を走行中の右手配車両を発見し、職務質問のため停止させたこと、右車両には鈴木孝雄ほか三名が乗車していたが、右パトカーの警察官が、同人らに府中署まで同行することを求め、運転者の運転免許証を保管したうえ、応援のパトカー三台も加わって、手配車両の周囲を取囲むようにして約五~六〇〇メートル先の同署まで誘導したこと、手配車両を発見した旨の連絡を受けた麹町署から、事件の目撃者である前記神山新吾及び法政大学守衛の滝沢清治らを伴って面割りをするため直ちに府中署へ赴くので、それまで身柄を確保しておくよう依頼された同署では、捜査係の部屋でストーブをかこんで鈴木孝雄ら四名を椅子に坐らせ、七、八人の警察官が同室して、右鈴木らに対し、同人らが乗車していた車が内ゲバ事件の手配車両になっていることや、麹町署から目撃者を連れて来ること等を伝え、同人らの身元や行先等について質問したこと、やがて、府中署に到着した前記神山らに右鈴木らを面通しさせたところ、神山から右鈴木は、自分が目撃した法政大学襲撃事件の犯人の一人に間違いない旨の確認を得たので、同日午前四時三〇分ころ右鈴木孝雄を右法政大学襲撃事件に関する兇器準備集合、建造物侵入、傷害罪等で緊急逮捕したこと、以上の各事実が認められる。
まず、右事実によれば、鈴木孝雄は右緊急逮捕に先立ち、同日午前一時四〇分ころ、自動車で府中市内を走行中、パトカーに停止させられ、府中署まで同行することを求められ、その後約二時間五〇分にわたり、任意同行という形で同署に滞留していたこととなるが、前記認定のとおり同人を同行する方法に若干強制的な要素が認められるのであって、任意同行の限度を超えてその身柄を拘束したとみられる余地がないではない。しかし、その際同人が前記法政大学襲撃事件の手配車両に乗車していたため、その発見の時刻や当時の状況を併せ考えると、同事件の犯人ではないかとの疑いを受ける相当の理由があったものと認められるのであり、また警察官は、右事件の目撃者らを同署に赴かせて犯人かどうかの面割りをするまでの間、同署の一室に施錠することなく待機させていたにすぎないものであって、原判決も指摘するとおり、右鈴木において退去すべきことを申し出たのに強制的に引き止められたことや、警察において、ことさらに逮捕時間を遅らせることによって逮捕に伴う身柄拘束時間の制限を免れようとした事実を証拠上窺うことができないのであるから、前記の任意同行がそのためその後になされた右鈴木に対する逮捕行為を違法ならしめる程の違法性を有するものとは到底認められない。そこで右と同旨の原判決の判断は、これを是認できる。
なお所論は、前記の任意同行の後、府中署において前記の手配車両内から鉄パイブを捜索し、押収した手続及びその捜索差押調書の違法並びに右鈴木を除く他の三名に対する軽犯罪法違反(鉄パイプの所持)による現行犯逮捕手続の違法をも主張するが、これらの点は、前記鈴木孝雄に対する逮捕行為とは別個の手続に関するものであって、その適法性に特段の影響を及ぼすものとはいえない。
つぎに、前記の認定事実に徴すると、右鈴木に対する緊急逮捕は、同人が緊急手配車両に乗車していたことのほか、目撃者である神山が面通しのうえ右鈴木を犯人の一人として確認したことに基くものであるから、その当時において緊急逮捕の要件を備えていたものと認められるのである。もっとも、原審公判廷における証人神山新吾の証言と鈴木孝雄の検察官に対する供述調書を対比して検討すれば、所論主張のとおり、神山が目撃した犯人が実は右鈴木ではなく他の男であったことが窺われるのではあるが、緊急逮捕の要件は、逮捕当時の資料によって判断すべきものであるところ、右鈴木に対する緊急逮捕の当時、右神山が事実を誤認していることを疑わせるような事情があったことは証拠上何ら認められないのであるから、その後右のように神山が誤認していたことが窺われるに至ったとしても、そのため前記緊急逮捕の適法性に何らの影響をも及ぼすものではない。それで右鈴木に対する緊急逮捕は適法なものと認められるとした原判決の判断は、これを是認することができる。
(環 小泉 内匠)